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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)
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【二人の皇帝候補】



 最初に、様子が可笑しいと気付いたのはジャジラッドだった。
 龍騎士の牽制を破って、選定の間の中へ踏み込むべきかどうか、様子を窺っていたところ、後方が俄かに騒がしくなったのに振り返ると、ばさりと翻る大きな旗が目に入った。ジェルジンスク領の紋章の描かれたその旗の下、焦った様子も無く真っ直ぐに歩いてくる一団がある。その中心を歩いているのはセルウスだ。ザウザリアスやファトラが前へ出ようとしたが、その前に第三龍騎士団員が立ち塞がった。
「旗は本物だ。槍を向けるのは不敬にあたる」
「でも、それを持っている者が本物と言う保障はないわ」
 ザウザリアスが反論したが「いや」と否定したのはジャジラッドだ。
「本物だろう。少なくとも、セルウスの方はな」
 そう言って、近付いてくるセルウスに、ジャジラッドは目を細めた。まだ式服の方に着られている感はあるが、堂々と歩いてくるその空気は、ただの少年が持っているものではない。それでなくとも、武器を下ろしたまま堂々と正面からやってくる相手に弓引くのは賢明ではない、と、仲間達を宥めて道を開けた。
 見下ろすジャジラッドの視線を受けて、セルウスがじっと一瞬見返したが、怯む気配も挑む気配も無い。その態度に鼻を鳴らしたジャジラッドと、セルウスに同行する仲間達の間でちりりと火花が散ったものの、それも一瞬のことだ。追いついてきた仲間達のいくつもの「がんばれ」という言葉を背中に受けながら、セルウスは開け放たれた扉の中へ、堂々と足を踏み入れたのだった。



「……おいでなすったね」
 激しい剣戟の続く選帝の間の中で、気付いたのは氏無だ。呟く声を聞くと同時、ルカルカはぐっと右足を踏み込ませると、大振りの一撃を振り上げた。ギャリンッという音と共に、氏無の手から離れた刀が宙を舞い、鉄心がその身柄を押さえる。派手な茶番劇は終わりを告げる中、既に彼らの視線は別のところへ向けられていた。
 荒野の王と対照的な、白を基調とする礼服に身を包んだセルウスが、その神殿めいた空気にも、居並ぶ選帝神たちにも気後れする風もなく、真っ直ぐに中央へと向かってくる。
「随分と、待たせてくれたものだな。逃げ出したのかと思ったぞ」
 近付くセルウスに、荒野の王が挑発するように笑ったが、セルウスは真っ直ぐに見返すと「逃げないさ」ときっぱり言った。
「お前には、絶対に負けない」
 挑むような言葉に、荒野の王はどこか面白がるように目を細め、ならば示せ、とばかりに秘宝を指差した。
 頷いたセルウスに、他の選帝神と同じように、自身の領であるジェルジンスクの紋章の下へ立ったノヴゴルドが声を上げた。
「我、ジェルジンスクの選帝神として、公正なる選を行うことを世界樹ユグドラシルの御身の下に誓う」
 宣誓と共に、その受諾の証しとしてユグドラシルからの光がその体を包むと、ノヴゴルドは続ける。
「候補セルウス。そなたが皇帝となるに相応しき資格があるというならば、我らにそれを示して見せよ」
 皆が息を飲む中、台座に置かれた秘宝にゆっくり近付くと、セルウスは左手を伸ばしてそれに触れた。冷たい感触は、遺跡で触れた時と同じだが、心構えはもう、その時とは違う。
(オレはもう、判ってる)
 セルウスは深く息を吸い込んで、意識を左腕に集中させた。すると、まるで淡く光を宿した腕輪に呼応するかのように、秘宝がとくん、と脈打った。弱弱しい音は次第に大きくなり、どくんっとひときわ大きく脈打った瞬間、光が溢れた。
 より正確に言えば、光で出来た無数の糸が、セルウスの左腕を伝い、心臓を介して背へ翼を広げるように、外側へと放たれたように見えた。
「……今のは……」
 その光が、その場のあらゆるものに吸い込まれるようにして消えていくのを見届け、自身の手の平へもそれが消えていったのに、マリーがぱち、と目を瞬かせていると「回復魔法の一種じゃな」とノヴゴルドが言った。
「樹隷の能力の一つで、葉脈に気を通す力……じゃが、それだけではないの」
 言いながら上げられた視線の先で、神殿を覆う幹と、その隙間に緑が芽吹いている。さわさわと揺れるそれは、セルウスの表した力に呼応しているかのようにも見える。
「ヴァジラとは対極ではあるが、力があるのは認めよう」
 ラミナが言って、ぱんっと手を叩いた。
「重役出勤はいただけないが、間に合ったには違いない……少々、辛いがな」
 イルダーナも頷いて、儀式の一時中断と、協議の開始が宣言されようとした、その時だ。
「協議の必要はない。もっと簡潔な方法があるだろう?
 一声と共に、ゴゥッと音を上げて巨人の腕がセルウスにむけて振り下ろされた。とっさに飛び離れて直撃は避けたが、床は大きな亀裂が刻まれている。巨大なスパナに似た武器を構えながら、ドミトリエはちっと舌打った。
「やはり、実力行使に出るか」
 言って、樹月 刀真(きづき・とうま)が、月夜と共にセルウスに並んだ。それに構わず振り下ろされるブリアレオスの二撃目は、ダリルがセルウスの腕を引いて後ろに下がらせ、空振りに終わる。
「……シャンバラの軍人が、我が国の儀式に手を出すつもりか?」
 荒野の王が眉を寄せたが、ダリルは「”これ”は儀式ではないだろう」と切り捨てた。
「お前が儀式の円滑な進行を妨げるなら、止めるのが道理だよ」
 そうして、ルカルカと共にセルウスの肩を叩くのに、荒野の王は低く笑った。
「協議などと言うまどろっこしいやり方より、実力で示すのが余程合理的ではないか」
 そのセリフを否定する声がないところを見ると、この状況も選帝のための判断材料として捉えているのかもしれない。セルウスも否定せずに、剣を抜いて構えを取った。
「だったら、お前を倒すまでだ」
 声に応じるように、刀真が白の剣を構え、白竜たちもその傍を固めるのに、荒野の王は冷たく見やる。
「この期に及んで、まだ仲良しごっこか?」
 嘲笑するように言ったが、セルウスの表情は真っ直ぐ前を向いたまま変わらない。堂々と言い返した。
「エリュシオンは力が全て……みんなの力はオレの力で、オレの力はみんなの力だ」
 その言葉と共に、腕輪は淡く輝き、どう言う訳かその場に居る者達の殆どに――ジャジラッド達、立ち塞がった者達にも光の粒がぱちぱちと弾けた。唯一その例外であった荒野の王は、くく、と喉を振るわせた。
「成る程? 随分と他力本願な力だな。それが貴様の”皇帝の資質”とは笑わせる」
 ことさら挑発するように荒野の王は言ったが、セルウスは意外なほど静かだった。
「お前みたいに、何でもかんでもぶっ壊すような奴よりマシだ」
 反論に、荒野の王は何故か愉しげに口元を歪ませると、剣を抜き放ってセルウスへと向けた。
「弱者の遠吠えなど、余には届かんぞ、セルウス」
 実力を示せ、とばかりに声を上げると、荒野の王はざらりと錠剤を口に入れて噛み砕いた。途端に変貌を始めるその姿に、セルウスも強い闘気をみなぎらせ始める。
「弱いのはお前の方だ、ヴァジラ!」
「よく言った」
 セルウスらしい宣戦布告に、刀真は不敵に笑って白の剣の切っ先を荒野の王へと向ける。
「俺たちは、お前を認めない」
 ばちばちと互いの間で火花が弾け、開戦の銅鑼のように、ブリアレオスが吼えた。

「良かろう。ならば、余を排除して見せるがいい!」

 そして、激突は始まった。




 選帝の間は、まるでそこだけ嵐が起こっているかのようだった。
 第三龍騎士団の面々も、これ以上の侵入者を防がんと、開かれた扉の前へ詰めているのが精一杯と言う様相で、固唾を呑んで戦況を窺っている。同じように、契約者たちも、その立場の際なく、この激突の決着がつく時を、自身を抑えながらじっと待っていた。


 ブリアレオスは、その巨体に見合わず動きは早く、その体はやたらと硬い。ローザが弾幕を張っている間に、直接荒野の王を狙って飛び出した刀真の剣は、庇うように動いた腕がギャギャリッと削られる音を上げながらも受け止め、そして振り払われた。その装甲を蹴って柱に叩きつけられるのを避け、白竜の援護を受けて追撃を免れながら、一旦柱の影へと退いた。
「流石に硬いな……月夜」
 ローザ達の援護で、接近が防がれている中、自身を呼ぶ刀真に、月夜は頷いて息を吸い込んで目を伏せた。
「……っ」
 覚醒光条兵器を胸元から引き抜かれ、バランスを崩した月夜の体を封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が抱きとめた。一瞬苦しげな表情を浮かべる刀真に、白花は月夜を抱きしめながらこく、と頷いた。
「月夜さんのことは、任せてください」
 その声を受けて、刀真は再び飛び出すと横なぎに払われる腕を剣の腹を這わせて軌道を逸らさせ、その隙に懐へと潜り込んで、荒野の王を狙って突き込んだが、彼の剣もまた、飾りではないようだ。薬の効果なのか、不気味な波動を放つ剣が迎え撃ち、刀真の攻撃を真似るようにその軌道を逸らさせたところで、ブリアレオスの手の平が、二人の間を断つようにどずんっと落ちて来る。
「ッ、そう易々とはいかないか……」
 その風圧でぴっと肌の切れるのを感じながら、刀真が眉を寄せた。
「やはり……あの薬が問題か」
 刀真と荒野の王の激突を見やりながら、白竜は呟いて「これを」と持っていた超獣の欠片をセルウスに差し出した。アルケリウスの欠片と違い、超獣の欠片には、同化と吸収、そして同調の特性がある。それを使えば、荒野の王とブリアレオスの持つ力を吸収できるはずだ、と説明しながら、その視線を歪んだ笑みを浮かべながら、まるで蝕まれているように変貌を深める荒野の王をへと向けた。
「あの力は、恐らく薬によって無理に引き出されているもの……その効果さえ失えば」
 勝利できる可能性がある、と。セルウスがその言葉に頷くと、ドミトリエは欠片をひょいと摘み上げ、腕輪の一部を即席で作り変えると、超獣の欠片をそこへ組み込んだ。
「他の欠片と組み合わせる時間は無い。単純に、くっつけてるだけだ」
 機能は別々のままだ、ということだろう。頷いたセルウスに、白竜は羅儀に視線を送った。
「よっし、タイミングを見誤るなよ……!」
 一声と同時に、羅儀はアンチマテリアルショットを構えた。その動きに気付いたブリアレオスが動いたが、ライフルが火を噴く方が一歩早かった。大口径のライフルがブリアレオスの右腕の関節で弾けて、動きが鈍る。その隙に飛び出した刀真の剣が、更にその部位を直撃した。繰り出される高速の剣戟が、過たず一点に叩き込まれ、ブリアレオスの右腕が轟音と共に地面へと落とされた。立ち上る土煙に紛れて、防御を失った隙間へと飛び込んで、その剣を荒野の王へと振り下ろした。
「欠片よ!」
 音を立てて荒野の王と剣を切り結んだ瞬間。刀真は腕と同化させた超獣の欠片の力を発動させた。切り結んだ場所から、鈍い光が腕を黒く染めながらずるずると欠片に飲み込まれていく。荒野の王の力の源と思われる、錠剤の力を吸収しようと言うのだ。
「……っ」
 だが、当然。ブリアレオスの巨体を暴走させるほどの効力を持つ薬だ。刀真の顔に苦悶が浮かび、剣を持つ手ががたがたと震えが走り始める。荒野の王は薄く笑って、ぐっと剣を押し返そうとしながら「ブリアレオス!」と自身のイコンの名を呼んだ。残る左腕が刀真に向かって振り下ろされようとしたが、再び羅儀の一撃がそれを阻み、飛び込んだ白竜の22式レーザーブレードが直撃の軌道を逸らさせる。
「……ちっ」
 荒野の王が舌打ちした、次の瞬間。
「ヴァジラ……!」
 ガギィンッと、金属音が響く。ダリルによって脅威のスピードを手にしたセルウスが、ヴァジラに向かって飛び込んできたのだ。ギリギリと合わさった刃が音を立てる。薬の力を使っているはずのヴァジラに、淡く燐光を纏うセルウスの力は互角に思えた。初めて荒野の王の顔に、苛立ちと強い敵意が浮かぶ。
「……面白い……余と、力比べか……っ」
 ぐぐっと一度はセルウス側へと傾いた刀が、セルウスの眉を寄せさせたが、踏み込んだ足は退かず、歯を食いしばってその剣は押し返そうと拮抗する。その背中を押すように、光の糸が左腕に巻きつくようにして輝き、それはそのままセルウスの力になるように、じわじわと荒野の王の剣を押し返していく。
「また、他人の力、と言う奴か……っ、惰弱、な……っ」
 不気味な光を宿す目が、殺気へと変わりながら睨みつけたが、セルウスはぐっと体を前へ踏み出させながら、それを真っ直ぐに見返した。
「そうだ、俺は弱いっ。みんなの力がないと、勝てないっ……けど、お前はオレなんかよりずっと弱いんだッ」
 ギャリッと、その言葉に荒野の王が剣を振り払って一度互いの間を弾くと、今度は全ての力を乗せるようにして剣を振り下ろした。見えない力同士がぶつかったような波動が二人の周囲を吹き荒れ、受け止めるセルウスの体が一度、圧し負けるように後ろへと下がりはしたものの、いつかのように吹き飛ばされはしなかった。
「誰が、弱いだと……ッ」
「お前は誰も信じてない。何も信じてない。ぶっ壊し方しか知らないし、出来ないからだろ?」
 噛み付くような声にセルウスの意思は引かない。
「全部ぶっ壊した後で、何を手にするつもりだよっ、」
 ぎりぎりと噛みあう剣と共に、互いの体が纏う力が唸り、音を立てる。眉を寄せる荒野の王に、セルウスは押し返そうと力を込めて踏み込んだ。その背中を、刀真と白竜の腕が押し、左腕の欠片達が呼応するように眩く光を上げていく。
「お前みたいなひとりぼっちの王様に、オレは負けない……!」
 黒い重油のような重たく鈍い力が、欠片を介して体に溜まっていくような嫌悪感を堪えながら、刀真は残る力で荒野の王の剣を弾き返した。
 舌打ちした荒野の王が、更なる力を得ようとしたのか、薬を含もうとしたが、遅い。羅儀がぶつかるようにそれを毟り取り、その最後の力を吸収しつくしたセルウスは、横薙ぎ一閃。荒野の王の剣を弾き飛ばして、その剣先を、正面から突きつけた。

「……オレの勝ちだ!」